35 民間信仰石塔(宮前一丁目) 【信仰】(宮前1丁目17番)

 

ページ番号1008014  更新日 令和6年7月11日 印刷 

この石塔は、地域の講に所属する人々によって建立された延宝6年(1678年)・元禄9年(1696年)銘の庚申塔(こうしんとう)で、建立者の氏名が刻まれています。
庚申信仰とは、体内の三尸(さんし)の虫が、その人の罪を天帝に告げるのを防ぐため、徹夜をするという中国の道教(どうきょう)説に由来します。日本に伝わってからは、中世以降に仏教や神道の信仰と習合し、庶民の間に広まりました。江戸時代には本尊を青面金剛(しょうめんこんごう)とし、不見(みざる)、不聞(きかざる)、不言(いわざる)の三猿が彫られる事が多くなり、ここに見られるような庚申塔の建立が盛んになりました。また、青面金剛のほか、神道の猿田彦命が彫られる事もありました。
この辺りは、かつては大宮前新田と呼ばれ、江戸時代の寛文年間(1661年~1673年)に、砂川道(五日市街道)沿いの新田村として開村しました。
この場所は大宮前新田の地番の振り出しで、当時から慈宏寺の寺有地となっています。
なお、ここからは昔、富士山が見えたので富士見浦と呼ばれました。石塔わきの藤の木は樹齢約300年を超える古木で「庚申の藤」と呼ばれています。庚申塔建立と同じ頃植えられたものと伝えられ、昭和5年(1930年)から同43年(1968年)まで、東京都の天然記念物に指定されていました。
私たちもこのような文化財を一層大切に守り続けたいものです。

 

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