121 桃園川 【川】(高円寺南2丁目50番12号)
桃園川は、天沼弁天池と呼ばれた湧水池(天沼三丁目23番)を水源とし、阿佐谷、馬橋、高円寺を東流して神田川に合流していました。流域には、縄文時代後期(約4,000~3,000年前)の小山(こやま)遺跡(阿佐谷北五丁目3番付近一帯)をはじめ、主に縄文時代の埋蔵文化財包蔵地が点在しており、桃園川周辺の台地上は、古くから生活の場として利用されていたことが分かります。
また、水量が少なかったため、江戸時代の中頃になると千川上水や善福寺川(天保新堀用水)から引水して近隣農村に用水を供給しました。
桃園川の名の由来について、「江戸名所図会(ずえ)」には、近辺に桃の樹が多かったことから「桃園」と称されるようになったとの記述があります。
桃園川は、主に周辺地域の水田灌漑用水として利用されてきましたが、その水田も今では埋め立てられ、天沼、高円寺地域の発展とともに生活用水の流れ込む川となりました。
そのうえ、川底の浅い小河川であったため、台風や大雨時には頻繁に氾濫を起こし、生活をおびやかす存在となりました。
そこで、昭和30年代半ばからおこなわれた河川改修工事によって、桃園川は地上から姿を消し、暗渠(地下水路)へと変貌しました。現在は、歩道あるいは公園となり、今までとは違った姿で区民と接しています。
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