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更新日 : 2026年3月15日

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すぎなみビト お笑い芸人 サルゴリラ

二人だからできるお笑いがある。
高円寺に生まれ育ち、幼少期からずっと共に過ごしているお笑い芸人・サルゴリラの赤羽健壱さんと児玉智洋さん。「キングオブコント2023」では夢だった優勝を果たしました。今回は、二人の母校である旧杉並第四小学校で、子どもの頃や下積み時代を振り返りながら、思い出を語り合っていただきました。

目次

今もずっと幼なじみの友達感覚。大好きな地元・高円寺の応援がすごくうれしい

プロフィール画像

プロフィール:サルゴリラ 高円寺出身の赤羽健壱(あかば・けんいち 写真左)と児玉智洋(こだま・ともひろ 写真右)が組むお笑いコンビ。共に杉並第四小学校出身。大学卒業後、二人で吉本興業のお笑い芸人養成所NSC(吉本総合芸能学院)に入学し、トリオ結成・解散を経て平成28年に現在の「サルゴリラ」を結成。コンビ名はピース・又吉直樹さんが命名。「キングオブコント2023」優勝。舞台・テレビなど各方面で活躍中。YouTube「幼なじみチャンネル」では地元・高円寺を散策する様子も見られる。

出会いは3歳。幼稚園、小学校と毎日遊んだ子ども時代

お二人が初めて出会ったのは何歳の頃ですか?

児玉

3歳くらいかな。もともと母親同士が顔見知りで、ある日お互い母ちゃんに連れられて商店街を歩いていたときに出会いました。その前日にテレビで「燃えよデブゴン」という映画を見ていて、ケン(赤羽)を見た瞬間「デブゴンじゃん」って言った覚えがあります(笑)。

赤羽

出会い頭にね、デリカシーのない(笑)。僕も前日に見ていたからショックで、「うわ、苦手なタイプ」と思った。だから幼稚園で一緒になったとき距離を置こうとしたけれど、気づいたら仲良くなっていました。性格的には僕が引っ込み思案で、トモ(児玉)がグイグイ来る感じでした。

児玉

幼稚園の中でケンは体が大きくて力持ちだったから、よく「キン肉マン」の技をかけてもらっていました。ケンの前に技待ちの列ができていましたね。

その後、杉並第四小学校に進学しても仲が良かったんですか?

小学生時代の二人の写真
小学生時代の二人(左:児玉、右:赤羽)

赤羽

毎日一緒にいました。学校の校庭やすぐそばにある公園(高円寺北二公園)で鬼ごっこしたりサッカーしたり。あと二人ともすごくテレビっ子だったので、家で一緒にダウンタウンやとんねるずの番組の録画を見ながら、まねしてコントをやったり、ラジカセでオリジナルラジオを録ったりとかもしていましたね。

児玉

塾も、少年野球チームも一緒だったからとにかく毎日一緒。野球は高円寺のチームで、地元の商店街の人が教えてくれていて、僕らの時代は小杉湯のご主人が監督をしていたんじゃないかな。今は強いみたいだけど僕らの頃は最弱だったから20対0とかで負けていました。でもすごく楽しかった。

赤羽

ずっと二人で遊んでいたけれど、小学生の頃は二人で芸人になるとは考えてもいませんでした。

芸人を目指すようになったのはどちらかが誘ったのがきっかけですか?

赤羽

大学生のとき、僕の方からNSC(吉本総合芸能学院)に誘いました。以前から行きたいと思っていたけど、お互い大学受験もあるし…と思うと言えなくて。でもトモがいよいよ就職活動を始めると聞いたら焦ってしまって、確か就活をスタートしたその夜に電話で呼び出して、原宿のファミレスで「NSCに行って芸人になろう」と伝えました。結構緊張しながら言ったのを覚えています。

児玉

ちょっと告白に近い感じだったよね。誘われそうだなというのは実は感じていて。ケンは昔からそうだったんです。口には出さないで雰囲気で訴えてくる。子どもの頃も、家に遊びに来ていて、たぶん泊まりたいんだけど言わないで「泊まりたい雰囲気」を出してくるから、それを察して僕のほうから「泊まってく?」と言う感じ(笑)。

芸人になろうと誘われて児玉さんはどんな気持ちでしたか?

児玉

自分も芸人になりたい気持ちはあったけど、現実的には無理だろうと諦めていたんです。でもケンに誘われて、二人ならできるかもと思いました。

児玉さんの写真

赤羽

そこに関しては、トモのほうが意気地なしだったよね(笑)。頑張って誘って良かったです。

一緒に歩み続けたキングオブコント優勝への道

NSC入学後、トリオで組んだ時期もあったようですね。

児玉

最初は二人でしたが、仲良くなった友達を入れて途中からトリオになりました。結構いい感じで、NSCも首席で卒業したんですよ。

赤羽

ところがだんだんトモが違和感を感じ始めて、トリオを抜けると言い出して。そうなると僕は僕でトモとしかやりたくないから、結局二人で抜けてコンビに戻りました(笑)。

児玉

それなのに、しばらくしたらまた仲良くなった芸人を仲間に入れちゃって。再びトリオになりました。考え方が緩いんですよね、たぶん…。

赤羽

そのトリオもそこそこ人気になったけど、僕らの緩さに対してもう一人のメンバーはしっかりしていてプロ意識も一番高くて、結構怒られることも多かったしペースがあまり合わなくなってしまって、結局また二人に戻って「サルゴリラ」になりました(笑)。

なかなか結果が出なかった時期はどんなことを考えていましたか?

児玉

「売れていないのに辛そうな感じがなかった」と周りの芸人からよく言われますが、確かにそうだなという気もします。収入が減ったら二人で一緒にバイトして、それもまた楽しかったんですよね。

赤羽

うまくいかなくても喧嘩したりギスギスしたりすることはなくて、ネタ合わせで行き詰まったら一緒にサウナや買い物に行ったりして。気分を変えると意外といいアイデアが浮かんできたりするので。

児玉

喧嘩したのなんて小2が最後じゃない?「ドラゴンボール」ごっこをしていてマジになっちゃったとき。それ以来していないです(笑)。芸人って普段はコンビで行動しない人がほとんどだけど、僕らは普通に二人でご飯にも行く。仕事仲間ではあるけれど、幼なじみの友達という感覚が強いんでしょうね。3歳から知っていて、ある意味お互いを知り尽くしているから、今さらダメなところを言い合っても仕方ない。うまくいかなくても楽しく、いつかキングオブコントで優勝するぞと思って二人でやってきました。

キングオブコント優勝のときはどんな気持ちでしたか?

赤羽

赤羽さんの写真

優勝の瞬間ももちろんだけど、僕は1本目のネタが終わって高得点が出たときが実は一番うれしかったです。家に帰ったら夜中なのに母ちゃんが起きていて、泣いて喜んでいるのを見たときはグッときました。

児玉

僕も奥さんが寝ないで待っていて泣いていましたね。今でも、昨日優勝したくらいの感じでずっとうれしいです。高円寺の商店街が横断幕を出してくれたり、地元のいろんな人に声をかけてもらえたりして、それもめちゃくちゃうれしかったです。

高円寺芸人として。地元への思い

高円寺に住む芸人さんは多いようですが、皆さんどんなところに引かれるのだと思いますか?

児玉

あまり客観的に考えたことがなかったのですが、改めて考えると独特の文化があるまちですよね。いろんなジャンルで夢を追いかけている人が多い印象です。

赤羽

スーツを着ている人が少ない気がします。僕みたいにずっと地元にいても変な目で見られず、むしろ温かく見守ってくれるのが高円寺。人に対して寛容さがあると思います。

児玉

どこ出身なの?って聞かれると「東京」だけじゃなくて「高円寺」までつい言っちゃう。どこか誇らしく思っているところがあります。

赤羽

あとやっぱり阿波おどりがあるのは自慢です。子どもの頃から一年で一番楽しみでした。

児玉

大人になってから行けていなくて、数年前に子ども時代ぶりに二人で行ったんです。あれはエモかったなあ。懐かしさでいっぱいになって、二人とも無言で泣いていました。たくさんいる高円寺芸人の中でも僕らは生粋の高円寺っ子。だから今回のインタビューもすごくうれしかったです。地元には応援してくださる人がたくさんいるし、杉並に関わる仕事ももっとしていきたいです(笑)。

赤羽

僕ら、サウナと銭湯が大好きなので、杉並の銭湯の仕事なんかできたら最高です!

児玉

実家の裏がちょうど銭湯だったから、土曜日の夜に「聖闘士星矢」を見た後によく二人で行ったよなあ…。いやほんと、地元の思い出話をするとキリがない。これからも高円寺の幼なじみ二人で楽しくやっていけたらと思うので、ぜひ応援してもらえるとうれしいです。

ふたりの画像

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抽選で3名にサイン色紙プレゼント

対象 区内在住・在勤・在学の方
申込方法 はがきに郵便番号・住所・氏名・年齢・「広報すぎなみ」の感想・意見を書いて、広報課広報係(〒166-8570 杉並区阿佐谷南1丁目15番1号)宛てお送りください。または申し込みフォーム外部サイトへリンクからお申し込みください。
申込期限 4月1日(消印有効)
その他 当選者の発表は、プレゼントの発送をもって代えさせていただきます。申し込みの際に得た個人情報は、プレゼントの発送のみに使用します。

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広報すぎなみ(令和7年度)3月15日 第2424号

お問い合わせ先

総務部広報課広報係

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