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更新日 : 2025年2月15日

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すぎなみビト 彫金家 小川 真之助

伝統の彫金技術で生み出す繊細美。
都が指定する伝統工芸品の一つ、東京彫金。日本画の筆使いさながらの、繊細な彫りの表現が特徴的な伝統工芸に30年以上にわたって取り組み続けるのが、区内在住の彫金家・小川真之助さんです。
今回は、家業である彫金家の道へ進み、長く続けてきた背景にどのような思いがあるのかなどを伺いました。

目次

人の手で作るからこそできる彫金を追求したい

プロフィール:小川真之助(おがわ・しんのすけ)
昭和42年東京生まれ。
平成2年より、祖父・英鳳(日展審査員)、父・健次郎のもとで美術工芸・彫金を本格的に学び始める。
平成14年に「東京都伝統工芸品産業振興功労者都知事感謝状」を受賞する。
平成19年には、東京都伝統工芸士に認定される。
令和5年から日本彫金会会長。

繊細であか抜けたデザインが魅力の東京彫金

小川さんが取り組む東京彫金とはどのようなものですか

彫金とは伝統的な道具である鏨(タガネ)を用いて金属を彫る金属彫刻で、中でも都が指定する伝統工芸品の東京彫金は、繊細かつあか抜けた図案と彫りが魅力です。華美になりすぎない上品な輝きも特徴で、使い込むことで風合いの変化を楽しめます。
原料となる銀・金・銅などの金属は、彫りの細かさや細工によって硬さを調節するために、配合して地金を作り、図案に合わせて切り出します。彫金の工程で使用するのが半球状の鉄製のヤニ台。松ヤニを溶かし地金を貼り付けて固定し、彫りを施していきます。

作業場にたくさんの鏨がありますが、全部で何本くらいあるのですか?

数えたことはありませんが、おそらく1000本は超えているのではないでしょうか。鏨は先端の形状・太さ・大きさが1本1本異なります。図案を描き、その彫りを施すために必要な鏨を手持ちのものから探すこともあれば、新たに作ることも多いので、どんどん蓄積されていきます。中にはその作品限りでしか使わないものもあります。

図案はどのように決めていくのですか?

図案のモチーフのベースは花鳥風月。特定のものを依頼されたとき以外は、自分がそのときにいいなと感じたものをモチーフとして選ぶため、外ではアイデアを探していろいろなものを見るようにしています。祖父の代から続く小川彫金では特に図案の柔らかさにもこだわっていて、かわいらしさやクスッと笑えるような要素を意識した作品が多いです。とはいえ、最初に図案を決めても、彫ってみないと分からないこともあって。立体化させることを肉彫りと呼びますが、彫り進めるとそれがうまくいかず「この図案は肉になりにくいな」なんて言い方を昔からよくしています。そんなときは途中でやめて、もう一度最初からやり直すことも少なくありません。

小川さんはどのような作品を作ることが多いですか?

さまざまなアイテムを作りますが、やはりブローチやペンダントといった装身具の需要は高いですね。最近は着物の帯留めも人気があります。帯留めは粋な世界のもので、着物の中でも遊びの部分ですから、作り手としても制作が特に楽しいアイテムです。

彫金が身近にあった子ども時代。自然と自身もその道へ

子ども時代は彫金にどのような印象を持っていましたか?

祖父の代から彫金に取り組む小川家に生まれ、祖父と父が彫金をしているのが当たり前の環境だったので、特別な意識はありませんでした。当時はまちにいろいろな職人がいて、「そのうちの一つだな」くらいの感覚。生活と仕事が地続きにあるので、仕事場に入って祖父や父のそばで何かをしている時間が長かったです。その辺に転がっている道具で遊んだり、模型を作ったり。夏休みにのんびり寝ていると金槌を打つ音が聞こえてきて、その音で目が覚めるんです。あの音の感覚は子ども時代の強い記憶として残っています。松ヤニのにおいも常に家中に充満するので、それも記憶の一つですね。

自身も彫金家の道へ進むことを決めたのはいつだったのですか?

自分もやろうと思ったタイミングは、はっきりとしていません。祖父や父に「やりなさい」と言われたことは一度もなく、彫金をやることは僕にとって自然なことだったんです。学生時代から手伝いはしていましたが、本格的に始めたのは大学卒業後の22歳。それまで日常的に見てきた仕事をそのままできるところからサポートしていく形で始めました。やっていく中で少しずつできる範囲を広げていき、一通りの技術を習得していきました。彫金には多くの工程があり、昔から分業制で絵付けの人、彫りの人、仕上げの人など分担することも珍しくなかったようですが、小川彫金は「自分の作品として世に出すからには仕上げまで必ず自分で」という祖父の教えが根付いているので、全ての工程を自分で行っています。

彫金の難しさ・面白さはどのようなところにあると感じますか?

仕上げでいぶし銀を作り上げるには、一度真っ黒にしたところから磨いて落としていくのですが、この工程は特に作り手の気持ちに左右される部分です。昨日の段階で「これがいい」と思っていても、今日見て「いい」と感じるとは限らない。どのくらいの色の深さを求めるのかが、そのときのその人の感覚に完全に委ねられます。だからこそ、作品に正解も終わりもないという難しさがあって、機械ではなく人の手で作るということの良さではないでしょうか。判で押したように同じものができないのが、彫金作品の面白さでもあります。

彫金に向き合う上で特に大切にしていることは何ですか?

人の手で作るからこそできる作品を追求し、「小川彫金はこれです」と言えるものを体現すること。そこだけは絶対に失わないで大切にしたいと思っています。また、自分が作った作品に責任を持つこと。作品を手から離したらおしまいではなく、祖父や父が作った作品も含めて、何かあったらいつまでも修理・補修・改修できるとお客さんに伝えています。先日も古くからのお客さんの要望で、父が作ったブローチを帯留めに改修しました。

振り返ったときに変化を感じられる彫金家人生を

長く彫金を続けてきたその原動力は何だと思いますか?

根幹には当然「これしかできない」という思いもあるし、「この仕事は誰もができることではない」という思いもあります。伝統工芸という世界に長く身を置いている限り、プライドを持たなければ仕事としては続けられないので、それが原動力の一つであることは確かです。一方でプライドだけでなく、お客さんに作品を求められ、喜んでもらうことが次へのモチベーションにもなっています。彫金技術に終わりはないので、続けている間はずっと追求し続けていくでしょう。ただ、彫金を始めた頃などの過去の作品が今よりも劣っているかというと、そうとも言えないのが不思議なものです。後で作品を振り返ると、そのときの自分にしか作れなかったのだなと感じられるから面白いなと思います。

彫金家としてのこれからをどのように思い描きますか?

彫金家というのは、ある日突然イノベーションが起きて何かが変わるという仕事ではないので、長く続けていく中でふと振り返ったときに、こんな風に変わってきたんだなと感じられればいいのかなと思います。今は亡き職人たちの作品が今でも私たちを楽しませてくれているように、たとえ伝統そのものが途絶えても、作品は残っていく。そのことを忘れずに、今後も彫金と向き合い続けていければと思います。

すぎなみビトMOVIE

すぎなみビト「彫金家 小川 真之助さん」のインタビュー動画です。

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広報すぎなみ(令和6年度)2月15日号 第2398号

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