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すぎなみビト 高井戸中学校 アンネのバラを受け継ぐ人々
平和を願うバラが咲き続けていくように。
第二次世界大戦中、潜伏先の隠れ家で15歳のアンネ・フランクがつづった「アンネの日記」。50年前、授業で同書を学んだ中学生たちが平和への思いを深め、母校の高井戸中学校に「アンネのバラ」を植えたいと奔走しました。当時を知る卒業生の髙原さん、そして花を守る活動を続ける鳥生さんにバラへの思いを伺いました。
(左から、アンネのバラ・サポーターズ 吉田さん、川池さん、鳥生さん、高井戸中学校・隅田校長、卒業生・髙原さん、坪松さん)
目次
「アンネの日記」とアンネのバラ
アンネ・フランクは、第二次世界大戦中のユダヤ人迫害から逃れて家族とオランダ・アムステルダムの隠れ家で約2年を過ごしましたが、密告により発見されて収容所へ送られ、劣悪な環境の中、15歳という若さで病死しました。隠れ家でつづった日記は、戦後に父のオットー・フランク氏が「アンネの日記」として出版し、戦争と差別の悲劇を伝える記録として世界70言語以上に翻訳され読み継がれています。
この日記に心を動かされたベルギーの園芸家は、自ら作出したバラを「アンネの形見」として名付けてオットー氏に寄贈し、その物語とともに平和を願う象徴として世界に広がりました。


50年前にみんなで願った平和への思いが海を超えてつながった 髙原美和子


プロフィール:髙原美和子(たかはら・みわこ)
高井戸中学校在学時、国語の授業で「アンネの日記」の著者であるアンネ・フランクへの手紙を書く課題に取り組み、それらを1冊の文集にまとめる編集委員会に参加。同校にアンネのバラを植える活動にも尽力し昭和51年卒業。後に国語教諭として区立中学校で勤務した。
高井戸中学校(以下、高井戸中)とアンネのバラの縁が生まれたきっかけを教えてください。
昭和49年、中学2年のとき、国語の教科書に「アンネの日記」の一節が載っていたことをきっかけに、同書を読み、アンネに向けて手紙を書くことになりました。本を読んでアンネに出会いどう思ったのか、「作文ではなくアンネに語りかけるように書いてみなさい」というのが、先生からの提案でした。みんなが手紙を書き上げると、先生はその手紙を文集にするための編集委員を募りました。
そのとき髙原さんは編集委員になろうとされたそうですが、どんな気持ちからだったのでしょうか?
アンネとの出会いは、スッと通り過ぎることもできたはずなのに、そのときの自分のどこかに引っかかるものがありました。でも、やりきれるか自信がなくて、迷いながら決めたのを覚えています。
当時は生徒数がとても多くて全員の手紙を文集に掲載することは難しかったので、委員みんなで全ての手紙を読み合い、文集に入れるものを選んでいきました。
そうやって完成したのが「暗い炎の後に」で、アンネの父・オットー氏へも送られました。

髙原さんが仲間と作った文集「暗い炎の後に」
その後、どのような経緯でアンネのバラが高井戸中に来たのですか?
後日、先生がアンネのバラの話をしてくださいました。するとアンネのバラを高井戸中にも植えられないか?という声が上がりました。第一声を上げた生徒の思いとしては、形のない平和の象徴としてそのバラがあるのなら、平和を学んだ自分たちの平和のシンボルとして植えたいということだったようです。
いろんな人の力を借りてその思いをオットー氏に伝えることができ、「娘の日記を一生懸命読んで心を打たれた中学生がいるのならぜひ」と、バラを送ってもらえることになりました。とはいえ、検疫を経て海を渡ってきた植物を日本の地になじませるのは至難の業。苗木が根付くまでの3カ月間は都立農業試験場などで育てていただき、昭和51年6月、高井戸中にアンネのバラが植えられました。今年でちょうど50年がたちます。
バラが植えられたときはどんな気持ちになりましたか?
私はすでに高校に進学していたため、残念ながら植える瞬間には立ち会えなかったんです。でもアンネのバラが高井戸中に来たということは本当に感動的で、アンネもオットー氏も私たち生徒も、みんなが願った平和への思いが海を超えてつながった感じがしました。
髙原さんが国語教師の道を志した背景には当時の経験も影響していますか?
「アンネの日記」との出会いは影響していると思います。同書の中で、戦争が終わったら社会に役立つ仕事をしたいとアンネは夢を語っています。教育という仕事はまさに利潤を追うのではなく、子どもの成長を喜んだり助けたりするためにある仕事です。「アンネの日記」を読み、文集の編集委員に参加したことは、責任は重いけれど自身もそんな仕事に就きたいという思いを確かに強くしました。
50年以上も高井戸中で咲き続けていることをどう感じていますか?
自分たちはバラを呼び寄せることに尽力した世代です。その後を担い、花を咲かせ、そして咲かせ続けてくれたたくさんの人たちの粘り強さ・根気強さを思うと、心が動かされるものがあります。今も母校でバラが咲き続けていることは本当にすごいことだと思います。
バラの育成には生徒も参加し力を発揮しています。彼らにどんなことを願いますか?
バラの世話をするアンネのバラ委員会の生徒たちの姿はとても頼もしいなと思います。バラを通して平和を考えるとき、世界・社会という大きな部分ばかりでなく、例えば友達のいいところを見つけるとか、仲間とお互いを尊重し合うとか、そんな身近な平和を振り返り、考えてくれたらうれしいです。彼らが大人になったとき、きっと平和をつくり出す人になってくれると期待しています。

アンネのバラ委員会の生徒
バラを咲かせ続け、広げていくことがサポーターズの使命です 鳥生千恵


プロフィール:鳥生千恵(とりう・ちえ)
高井戸中学校アンネのバラ・サポーターズ代表。子どもが同校に入学したことでアンネのバラの存在を知り、平成16年のサポーターズ立ち上げ当初から活動に参加。以来20年以上にわたり、同校のアンネのバラを守り続けるとともに、区内のみならず全国各地への株分けに取り組んでいる。
アンネのバラ・サポーターズ(以下、サポーターズ)はどんな経緯で立ち上がったのですか?
私の子どもが高井戸中に入学した当時、アンネのバラは2名の事務主事が手入れをされていました。あるときお二人が異動するという話が出てきて、ではアンネのバラはどうなってしまうのか?という現実に直面し、この機会に保護者も協力して関わりながらバラを守っていくべきではないかという思いから立ち上がったのがサポーターズです。PTA役員を務めていた私も参加することにしました。
また、これまで活動した先輩たちの思いを受け継ぎ、平和を考える素晴らしい教材だから生徒自身が栽培に関われるようにと、同時に発足したのが、生徒によるアンネのバラ委員会です。
その後今日に至るまで22年間、生徒・先生・保護者だけでなく地域の方々も巻き込んでアンネのバラを守り、育てる活動が続いています。

サポーターズの活動について教えてください。
定期的な手入れは月に2・3回。毎回10~20名のメンバーが参加し、生徒の委員会にも協力しています。春・秋の一般公開では受け付け・ガイドなどの仕事を生徒と一緒に行います。立ち上げ当初はPTA会長が独学でバラの育成方法を学び実践していましたが、途中から樹木医の資格を持った卒業生も参画し、今は専門的な方法を指導してもらいながら活動しています。
アンネのバラは高井戸中に植えられてから50年の間に全国の学校に株分けされながら広がっていった歴史があります。オットー氏とバラを作出した園芸家の間には「このバラは商業ベースに乗せず、人から人へ平和の願いとともに広げていこう」といった約束があったそうです。私たちも区内外の学校などからの株分けの依頼にできる限り応えようと、株を増やす努力をしています。バラの育成は雑草の対策・肥料やりなど大変ですが、生徒と力を合わせて育てた木が元気な花を咲かせてくれると、感動し疲れも吹き飛びます。
鳥生さんの活動の原動力になっているのは何だと感じますか?
それはやはり、バラを見た人みんなが喜んでくれることです。特にバラ公開は年々訪れる人が増えていて、地域の保育園の子どもたちから福祉施設の高齢者まで、世代を超えてたくさんの方がバラを見に来てくれます。そして、満開の花を見ると誰もが笑顔になるんです。
また、卒業生たちがバラを見に来る機会に同窓会を開くといった話を聞くと、このアンネのバラが人をつなげるきっかけになっているのだと感じ、うれしくなります。
バラ委員会の立ち上げ当初に頑張っていた生徒たちも今は30代。自分の子どもを連れて来る卒業生もいて、親から子へ、アンネのバラに関わった記憶がつながっていくのだなと思うととても感慨深いです。
サポーターズの今後についてはどう考えていますか?
アンネのバラを守り続けることが、これまでと変わらずサポーターズの使命だと思っています。そのためには、サポーターズを若い世代につないでいくことが一つの課題だと感じています。
そしてもう一つ、バラそのものも年を重ねてきているので、今まで以上に技術を磨いて、株の若返りも進めていければと思います。50年前の生徒が「このバラを決して枯らしてはならない」と決意した思いを受け継いでいくために、今後も力を注いでいきたいです。
高井戸中学校 アンネのバラ 春の一般公開
アンネのバラの歴史・写真なども展示します。
- 日時:5月5日(火曜日)~8日(金曜日)
午前9時~午後3時(7日、8日は正午まで) - 場所:高井戸中学校(杉並区高井戸東1丁目28番1号)
- 問い合わせ:高井戸中学校 電話番号:03-3302-1762
詳細は「平和のシンボル 高井戸中学校『アンネのバラ』春の一般公開」をご覧ください。
